ベーシックインカムは魔法の杖なのか。

先週知人と話していた時、

「ベーシックインカムってどう思いますか」と問われ、

あまり自分のポジションが明確でなかったので


「この先20-30年したらAIやロボットの普及で仕事がなくなる時には導入されるかもね」

と、かなりフワっと回答。


社会保障・財政をテーマに留学するのに随分適当なコメントをしてしまった、

と家に帰って反省したので、改めて考えた。


***


まず、ベーシックインカム(Universal Basic Income、UBI)とは、

前提条件を設けず一定額を現金給付する最低所得保証である。


「働かなくても最低限の支払いがされる」という制度構想は

かなり前から世界に存在したようだが、

「AIやロボット等のテクノロジーの発展によって、

今後20年で人間の仕事の1/3から半分が失われるかもしれない」という文脈で

イーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグ、スティーブン・ホーキンズ博士等の

著名人の支持コメントを受けて、

全世界的にある種のバズワードとなった。


バズワードに目がない小池都知事が昨年の衆議院戦の希望の党の公約の一つで

「ベーシックインカムを検討する」としたのも記憶に新しい。


先行事例では、2016年から2年間の実証実験を行っているフィンランドでは、

2,000人の失業者に月560ユーロを給付して、働く意欲などへの影響を調べている。


***


その知人との話の帰りがけ、主人が 

「っていうか、生活保護と何が違うの・・・」 

と聞いてきた。


そこがまさにGood Point。


生活保護は、言わずもがな

「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」

とする日本国憲法第25条の生存権に依拠した社会保障の一制度で、

「最後のセーフティネット」として、UBIと同じく最低限の所得を保証するものだ。


では、UBIとの違いはというと、

UBIの場合は「誰でも」「無条件で」受給できる、というところだ。


貧困、失業、長寿、子育てなどのリスクや課題に応じた各種制度、

すなわち、生活保護・雇用保険・年金・子ども手当て等の

所得・年齢・保険料支払などきめ細かい受給の設計を一旦ぜーんぶ忘れて、

稼いでいようといまいと、マルッとみんなに毎月同じ額出します、と言うことだ。


「ベーシックインカムによる最低保証があることで

 若者も失業リスクを恐れず挑戦できる!」


と言うは易しであるが、

今でも最低保証は実在するので、

本件の本質は、


「現在の社会保障の枠組みを代替することを前提とした時

どちらの制度がメリットがあるか」


と言うところにあると思うのだ。


***


ということで、メリットを考えてみる。


1. 行政コストの削減。


受給制限がなければ申請手続きもないので、

不正受給もないし、保険料支払いも無いので消えた年金も無い。


制度としてはとてもシンプルで、地方自治体職員や厚労省人員など、大分減ることだろう。

(とはいっても、厚労省の人件費は全部で7千億弱程度なので、

兆単位で動く社会保障の文脈では大きな削減金額では無いかもしれないが・・・)


区役所や市役所は、各種手続きも電子化されれば、窓口のルーティンワークは無くなって

ケースワーカーや相談窓口が主たる役割の、サロン的な場所になるかもしれない。


2. 現在の制度のマイナス面の克服。


日本の生活保護は捕捉率(※)が20%程度と低いと言われている。

(※生活保護基準以下の世帯で、実際に生活保護を受給している世帯数の割合)

受給にかかる申請や審査の複雑性、受給時の制約などの理由もあろうが、

国民の生活保護に対する「受給したら申し訳ない」「恥ずかしい」といった

スティグマ意識も大きい。


UBIにしたらみんなが受け取るものなので、

その点ではより多くの人が実体として貧困から救われることになるだろう。


他にも、生活保護制度では課題となっている働くインセンティブ(アルバイト等で追加所得を得た分給付額が減額される等)などUBIであれば克服される課題がある。


3. 労働市場の流動化や挑戦する風土の醸成


最低限の生活に困らなければ、やりたいことに挑戦するために、労働を控えて

研究やリスクの高い起業に挑戦したい・・・といった人は出てくるかもしれない。


また、「辞めたって困らない!」という意識の人が今より少し増えれば

終身雇用からの転換、労働改革ももう少し進むかもしれない。

ホリエモンなんかが推しているのはこの観点だろう。


***


では、デメリット、もしくは、実現するハードルは何か。


1. 財源


何よりこれが大きい。


大人も子供も一人あたり7万円もらえると仮定すると、予算は年間100兆円程度。

(子育て支援踏まえて成人でなくても全員もらえることを想定。)

社会保障費の一番の頭痛のタネである増え続ける医療・介護(約40兆)の取り扱いは

難しいが、それを除く年金・福祉等の給付は年間約80兆円。


従って、既存の社会保障給付の置き換え+増税ということになる。


7万だとしても足らず米20兆円で消費税10%増くらい相当をどこからか捻出する必要ある。


アラスカや中東産油国のように

資源マネーのプールを運用して財源にできる余裕があれば良いが、

負担増となってもそこまでのメリットがあるのか?持続可能な制度か?

というのはBig Questionだ。


2. 社会保障の考え方の転換


我が国の社会保障は自助→共助→公助のという思想に基づいているため、

例えば雇用保険であれば労使折半で保険料を拠出している。


それはあくまで「リスクに備えたセーフティネット」であり、

フルフル税金での単純なる再配分を前提としたUBIは

日本の社会保障に対する考え方そのものを覆すことになる。


よくするために既存思想を覆すことは全くやぶさかでは無いが、

「必要な人」ではなく「一律」とすることで、

結果的に現在の社会保障よりも貧困層などの手当ての配分が少なくなる可能性が高いので

本当に「税金」で「みんな」に出しますか?というのは検証すべきだろう。


3. 実現にあたっての政治コスト

   

実際の実施する場合のハードルを考えると、

「制度転換によって予定の年金受給より所得が少なくなる高齢者」

「職を失うかもしれない市役所の職員」

など、今までの制度で恩恵を受けてきた層の反発は必ずある。


実際に政策を実現するのが一番難しい。。。

(これはデメリットではなく、

 政治がメリットを説くことも含めて頑張らねば実現はできない、

 ということだけですが。)


***


どんな制度でもプロコンあり、

「これがあれば全て解決!」という魔法の杖は存在しない。


で、一通り考えた個人的な意見の現時点の結論としては:


● 財源を考えると、あえてBUIを導入するより、既存の制度を改革(生活保護を使いやすく、ハードルを下げ、シンプルにするなど)する方が有効性・実現性・サステイナビリティがあるのではないか。


● ただ、既存のしがらみに捉われないために、tacticとして世界の「ベーシックインカム、イェイ!」という潮流を利用して、現実的な制度改革を進めるのはアリ。


というところだろうか。


みなさんのご意見があれば是非聞いてみたいです。


しかし、実際に1/3の職が失われるとしたら、

仕事がなくなる世界をどう克服していけばいいんだろう・・・


そんなことに思いを馳せる娘の初節句でした。


参考にした本、記事など。


https://www.theguardian.com/inequality/2018/jan/12/money-for-nothing-is-finlands-universal-basic-income-trial-too-good-to-be-true

https://www.ft.com/content/100137b4-0cdf-11e8-bacb-2958fde95e5e

http://www.nhk.or.jp/gendai/digest/basicincome.html

https://www.cnbc.com/2018/01/01/one-year-on-finland-universal-basic-income-experiment.html

http://www.bbc.com/news/uk-scotland-42988734

オムツと涙とハーバード

0コメント

  • 1000 / 1000