フェルドシュタイン教授を偲び、老後2000万円問題を考える。

本当はタイムリーに書きたかったのだが、

しばらくアウトプット活動が停滞してしまった。


さて、掲題の件、

結局、先の参院選の争点にはなりきらなかった

「老後2000万円問題」について。


野与党の政治的な対応、メディアの報じ方など、

本件について色々気になる点はあったが、


金融庁のレポートを読んで、

海外の公的年金基金に出向経験があり、

多少なりとも資産運用に携わった経験のある当方が感じたのは

WGレポートの示している議論の方向性は非常にまともだ、ということだ。


***


なかなか財政検証が出ないなー、

と年金問題に思いを巡らせている中、


ケネディで公共経済学の教鞭をとられていた

フェルドシュタイン教授の訃報を知り、


まさに社会保障のエキスパートであった教授に

思いを馳せて書くことにした。


フェルドシュタイン教授は、

ラリー・サマーズ、ジェフ・リーブマン、ジェーソン・ファーマンなど

今まで名だたる経済学者を指導してきており、


安全保障の経済学、社会保障、課税の経済効果などのエキスパートである。


彼が教鞭をとった最後の年の生徒として指導を受けられた幸運に感謝し、

心よりお冥福をお祈りする。


***


さて、年金老後2000万円問題について

私が思うところである。


(1) 年金とは何か。


フェルドシュタイン教授の授業では、

まず人生の収入と支出のグラフを書く。


人間、子供の時は親のお世話になって、

大人になったらお金を稼ぎ始めて、

リタイアしたら収入は無くなる。


支出については、

生活費や子供の教育費など、現役時代は多くの支出もあって、

リタイアする頃には子供も自立して

現役時代よりは少し減るかもしれないものの、

お金を使うこと自体は死ぬまで続く。


その収入と支出のタイミングのミスマッチ、

リタイア後の支出をどう賄うのか?


本来は自分で現役時代に稼いだものを

貯めたり運用したりしてやりくりすれば良いのだが、


人間って総じてそんなに計画的ではない・・・

ちゃんと自分でやりくりしないで老後困る人がいたら困る・・


更に言えば、いくつまで生きるのかなんてわからない?

稼ぎ頭が急に亡くなったり、想定外のことが起きたら・・・?


など保険的意味合いも含めて、

政府が社会全体で支える仕組みを作らなくては!


ということで、保険料を納めることで

それを制度化したのが年金だ。


現在の日本の年金は

「老後は現役時代の半分くらいの手取り収入で生きていけるよね」

(モデルケースでの所得代替率5割)

ということを想定して計算して作られている。


(2)年金制度は破綻するのか。


結論から言えば、

今の日本の「年金制度」は破綻しない。


日本が採用している「賦課方式」は、

簡単に言えば、


自分が若い時貯めたものを、将来自分が使うのではなくて、

現役世代が今日払ったものを、リタイア世代が今日使う、

というリアルタイムに世代間で年金を負担する制度だ。


したがって、高齢化でリタイアしている人(受給者)と

現役世代(負担者)との間にアンバランスが生じると

少ない現役世代で多くの高齢者を支えられなくなる。


えっ!じゃあそんなの高齢化の日本は無理じゃん、

という話で。


では、どうするか?


日本の場合は、

過度な変化に備えて「マクロ経済スライド」という

人口ピラミッドや寿命などの、

計算の前提条件の変化に対する調整弁をつけつつ、


そこに税金を投入してでも、

今まで現役世代が多かった頃に溜まっていたボーナスを取り崩してでも、

国が支えていきます、と決めた。


だから「制度」としては破綻しない。


ただ、そういった前提の年金で、

今の将来の前提条件の計算想定が現実の通りだったとしても

上述の通り現役時代の半分くらいの水準での給付となるので、


じゃあ、果たして年金だけで自分の満足のいく生活ができるか」は


制度の持続性とは別問題であり、


WGのペーパー(というか元の厚労省のシミュレーション)は

今の想定で一般的な生活を満たすには、

月5万円くらい足りないかもしれませんね、

モデルケースを提示したのである。


(3)フェルドシュタイン先生の提案。


アメリカでも同様に議論されていた

高齢化による賦課方式(Pay-as-you-go)年金財政の悪化について、


フェルドシュタイン教授が提言し続けていたのは、

賦課方式の部分を残しつつ、

RPAと呼ばれる個人の確定拠出型年金を増やして

リターンを高めることでバランスを維持するというものだ。


(ちなみに、共和党系のこの提案は民主党系によれば

「年金民営化」として猛烈に反対されているが。)


これは、日本でも制度として整備された

企業型/個人型確定拠出年金にも通じる話で、


まさに金融庁WGの提言である

iDeCoや、つみたてNISAの活用といったものと似た議論だ。


確定拠出年金は、

毎月〇〇円コツコツ積み立てて、

自分で運用先を指定して増やして、

運用結果は自己責任だけど、

将来受け取れる年金として税優遇しますよ。


というものだ。


日本も、

例えば企業に勤める人に上乗せされる企業年金部分など、

企業型確定拠出年金(401k)に移行した会社も多いと思うが、

最近は個人型確定拠出年金(iDeCo)など個人型も普及し始めている。

(とはいっても、まだ対象人口の2%程度のようで、

中小企業などへの確定拠出の普及は大きな課題のようだ。)


今回の参院選挙では維新の会は

「賦課方式から積み立て方式へ」という公約

掲げていたようだが、


当方は、完全積立方式だと、

インフレ時のリスクがあることに加え、

既存の制度からの移行にかかる政治的コストが高く、

段階的に実施する時間がかかり、

債務切り離し等の難易度が高いだろうことから、


既存の賦課方式の年金制度の基礎年金部分を

「最低保証」との位置付けにして、


その上の「それぞれの生活に必要なお金」は

個人が資産形成していく、そのために制度を整備する、

方が良いのではないかと思う。


(4)私が必要だと思うこと。


とにかく、当方は、金融庁のWGペーパーの、

長寿社会を前提にライフステージに応じたプランニングが必要、

という点は禿同で、


今後の若い人たちには、

「若いうちから少しずつ資産形成に取り組む」

「少額からの長期・積立・分散投資を行う」

という指摘されていることが非常に重要だと思っている。


更に言うと、

個人的に、今制度的に考えることが必要だと思っていることは、


以下の二点だ。


1. 個人に任せることの難点を克服すること。


例えば、上乗せ部分は「個人に任せる」とした場合、

きちんと将来に資産を残せるか、は


「わかっちゃいるけど時間ない、優先度低いし、しめんどくさい」


という人間の性質との戦いになる。


せっせと計画的に頑張るタイプで、

かつ金融リテラシーの高い人は、

将来的に盤石に貯金なり資産形成している可能性は高いわけで、


この点が将来の格差を生み出すことになり兼ねない。


そんなの自己責任よ、と言ってしまえばそれまでだが、

「日々のことで忙しい普通の人」「情報弱者の人」がきちんと拾われる

仕組みを作っていかなくていけない。


ナッジなどうまく工夫して、個人の選択の自由を保証しつつも

国がちょっとした親心・お節介をすることで

広く普及させることが大事だ。


2. 働き方の変化、多様化に対応すること。


厚労省の「モデルケース」は典型的/旧来的な

サラリーマンと専業主婦の家庭を真ん中に置いている。

(っていうかそもそも日本の年金制度は、資格、階段ともにとても分かりにくい。)


「働き方」が大きく変わっている今、

正規・非正規・フリーランス・起業家・副業・・様々な働き方があって、

専業主婦という人もだいぶ少なくなってきており、


従来的なマジョリティである「典型的サラリーマン家庭」の枠から

既にはみ出ている人たちがたくさんいること、


はみ出るどころか、今後は、

多様な働き方をする人がマジョリティになっていくかもしれない

ということを想定する必要がある、


ということを指摘したい。


制度としても、よりポータビリティを高めるなど、

順応していく仕組みを作っていく必要がある。


特に、「大手のサラリーマンなら厚生年金部分も手厚いよねー」

「従来の企業・組織に紐ついていればokだよねー」

という

「典型的モデル」を前提としない働き方を、

もっと中心的に織り込んでいく必要があると思う。


ちなみに、今の生活保護需給世帯の半分は65歳以上の高齢者世帯だ。

(捕捉率が低いので、実際に困っている人は他世代にも多いのかもしれないが)。


特に、上述の「典型的サラリーマン像」ではない世帯で、

これから老後低所得となる層がもっと増えていく可能性がある。


そういったセーフティネット拡大という意味でもそうだが、

何より、「サラリーマンを辞めてもチャレンジできる」という

ポジティブな土壌を作る意味でも、

幅広い働き方を想定した制度設計が必要だと思う。


***


将来、十分な老後の暮らしができるように

今のうちに考えることは、

個々人にも求められるし、

制度も対応していかなくてはいけない。


ということで、

本来のレポートの主旨と異なる点で炎上したのは残念だったが、

ただ、副次的効果として炎上をきっかけに、


多くの人が年金の役割や老後の資産形成について

意識をあらたにしたのであれば

意義のあったことなのかもしれない。

(年金制度への不信感から未払い率が上がるだけにならないことを祈る。)


***


フェルドシュタイン教授が最後の授業で伝えてくれた、

彼の姿勢を示す以下のメッセージを心に刻みつつ、

自分にできることは何なのか考える。。。


"Every day I come to class I enter the Yard through a gate from Mass Avenue.

Above the door as I enter are the words: Enter to Grow in Wisdom.

And when I leave through the same door the words on the opposite side are:

Depart to Better Serve Thy Country and Thy Kind.

I hope that will be a lesson for all of you."


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